樟徳館

樟徳館

樟徳館は、材木商の傍ら1915(大正4)年に森平汽船会社を興し、さらに1916(大正6)年には樟蔭高等女学校(現・学校法人樟蔭学園)を設立した森平蔵が、私邸として昭和初期に建築したものです。この場所は、元々は帝国キネマ映画の長瀬撮影所があった場所ですが、1930(昭和5)年に焼失した後、森平蔵がその跡地を入手しました。

樟徳館

建物の外観は全て和風となっていますが、内部には和洋折衷の意匠が混在している点に特色がみられます。またその建築にあたっては、全国各地から銘木が蒐集され、隣地には原木から製材するための専用の製材所が設けられました。

木造二階建の母屋は関西で最高といわれる松普請で、仏間や納戸などは杉や檜の銘木で普請されるなど、当時の技術の粋を駆使し、また大阪有数の木材業者であった故人の木に対するこだわりがひしひしと伝わって参ります。

アールデコ調の照明が輝き、モダンな雰囲気が漂う食堂

アールデコ調の照明が輝き、
モダンな雰囲気が漂う食堂

1932(昭和7)年頃からの構想の時期を入れると、実に7年の歳月を費やして1939(昭和14)年に完成した和洋折衷・大正モダンの香り漂う住居です。
この建物は、森平蔵が1960(昭和35)年に享年85歳で亡くなった後、遺志により樟蔭学園に寄贈され、「樟徳館」と命名されました。

2000(平成12)年には、「造形の規範となり、再現が容易でないもの」として、主屋・土蔵・鎮守社・門・東塀・南塀の6点が国の登録有形文化財に登録されています。

【構造:木造瓦葺2階建  建築面積:1305平方メートル】

洋風居間

洋風居間 見事な和洋折衷のデザインで構成され、
床には寄木で精密な模様が施されている

内部和室

内部和室 

応接室

応接室 天井には巨大な楠の一枚板、壁には西陣綴れ織のクロス、ガラス窓の見事な曲線など、
当時の最高の材料と職人技が集められた応接室

建築のために日本全国から集められた銘木

建築のために日本全国から集められた銘木

建築のために作られた専用の製材所での作業風景

建築のために作られた
専用の製材所での作業風景

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記念館

記念館

1927(昭和2)年に樟蔭高等女学校が創立10周年を迎えるにあたり、卒業生や保護者などからの寄付を募って「記念館」が建築されました。

当時の書庫の様子

当時の書庫の様子

現在の1階の様子

現在の1階の様子

外壁を見ると石造風となっていますが、実際の構造は木造による二階建ての建物です。
また、現在は赤い屋根が特徴的ですが、建築当初は銅板葺きで、酸化した緑青(ろくしょう)により、緑色の屋根であったそうです。

内部についても、建築当初は1階が図書閲覧室と書庫、2階は大教室と会議室兼来賓室として使用されていましたが、現在では内部に若干の改修が加えられ、インテリアデザインラボラトリーや教室・書道教室として活用されています。

記念館

建物全体として大正モダンの雰囲気を色濃く残した貴重な建造物であり、2006(平成18)年に国の登録有形文化財に登録されています。
この記念館は、学園に関わる多くの人々に愛され続けており、学園のシンボル的な建物として位置づけられています。

【構造:木造2階建、鋼板葺 建築面積:449平方メートル】

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樟古館

樟古館

樟古館は、1918(大正7)年の学園開校時に建てられた木造建築物の中で、唯一残っている建物です。

現在の樟古館(旧試食室部分)

現在の樟古館(旧試食室部分)

1969(昭和44)年に創立50周年記念事業として、異なる場所に建てられていた「洗濯教室」と「試食室」という2棟の建物を現在の場所に移築し、「樟古館」と名づけられました。
そして、今回は創立100周年記念事業の一環として、正門近くに再び移築し、大切に保存していく予定になっています。

樟古館

半切妻屋根とハーフティンバースタイルの外観をもつ瀟洒(しょうしゃ)な建物であり、2棟ともに外壁を真壁として柱や桁・梁・筋交をみせるデザインで、外観に洋風を意識した大正期建築の特徴が表れています。 2007(平成19)年に、樟蔭学園で3件目の国の登録有形文化財に登録されました。

【構造:木造平屋建、建築面積:旧洗濯教室120平方メートル 旧試食室23平方メートル】

設立当時の試食室の内部

設立当時の試食室の内部

洗濯教室での授業の様子

洗濯教室での授業の様子

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