戦争が終わり日本の社会がドラスティックに変化する中で、4年制女子大学をいち早く設立。女性の役割が大きく変化する将来を踏まえ、新しい時代の女子高等教育の発展に取り組みました。

戦後の学制改革と女子大学の設立

戦後の学制改革と女子大学の設立

戦後の教育改革の中で、日本の教育制度も大きな変化を迎えます。6・3・3制の導入により、それまで複雑であった中等教育の学校制度が中学校と高等学校に整理されることになり、樟蔭高等女学校も樟蔭中学校と樟蔭高等学校に再編されて新しいスタートを切りました。

昭和32年 大学被服学科の授業の様子

1957(昭和32)年 大学被服学科の授業の様子

また、戦前は男性の入学しか認められていなかった4年制大学が全て共学化される一方で、女性への高等教育の機会を広げる女子大学の設立も認められるようになりました。それを受けて、1949(昭和24)年にいち早く大阪樟蔭女子大学を設立し、大阪府下で最初の4年制女子大学の1校として誕生しました。

女子専門学校時代に培った資産を活かし、国文学科、英米文学科、食物学科、被服学科、児童学科の5学科からなる学芸学部を設置し、教養に関する知識とともに専門分野での教育と研究を推進しました。
加えて大学附属の幼稚園を1951(昭和26)年に開園。主に児童学科との連携により、良質な幼児教育の実践と研究の場としての役割を果たしています。

昭和28年 大学付属幼稚園にて

1953(昭和28)年 大学附属幼稚園にて

昭和35年 ゼミの様子

1960(昭和35)年 大学のゼミの様子

キャンパスの近代化が図られた昭和30~40年代

1956(昭和31)年 中学校の円形校舎

1956(昭和31)年 中学校の円形校舎

戦後の社会変化や昭和30年代からの高度経済成長の影響により、女子の進学意欲は急速に高まり、樟蔭への入学を希望する学生・生徒の数も飛躍的に増えはじめます。それを受けて、昭和30年代から40年代にかけて学生・生徒数の大幅な増加に対応するための大規模な工事が行われました。キャンパス内には鉄筋コンクリート製の校舎が続々と誕生し、キャンパスの雰囲気は急速に近代的なものへと変化を遂げました。

1967(昭和42) 完成した大学校舎のロビー

1967(昭和42)年 完成した大学校舎のロビー

1967(昭和42) 大学の校舎建設の全景

1967(昭和42) 大学の校舎建設の全景

学生増を受けて新キャンパスを開設

昭和51年 のキャンパス

1976(昭和51)年の小阪キャンパス全景

昭和50年代に入っても女子の高等教育への進学希望者は増え続ける一方で、従来の小阪キャンパスの敷地だけでは学生の受入は難しくなっていきます。同時に、社会からの要請として2年制の短期大学への期待が高まりつつありました。それを受けて、1987(昭和62)年には、奈良県香芝市に取得していたキャンパス用地を活用して樟蔭女子短期大学を開設。4年制大学と短期大学の二つの高等教育機関を運営する時代を迎えます。

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